雑記

W杯 西野朗監督 真のリーダーの采配と日本代表チームの勇気に涙が止まらなかった

サッカー

(今日はいつものブログ記事とは異なり筆者の感じたことだけにフォーカスして書いていきます)

2018年6月28日、サッカー ワールドカップ 日本 vs. ポーランド戦。

日本は0対1でポーランドに負けた。試合には負けたが、"不本意な選択"が功を奏し、決勝トーナメントへの切符を勝ち取ることができた。

このポーランド戦は、多くの日本人にとって、良くも悪くも忘れられない試合になったのではないだろうか。

 

試合終盤、会場で大きなブーイングの嵐が巻き起こった。ブーイングの理由は、日本チームが時間稼ぎのためボールをまわし続けたからだ。

この日本のやり方に対し、会場の観客席からは野次が飛び、テレビの前では多くのファンがヤキモキしながら観ることとなった。

こんなのスポーツマンシップじゃない!と、私も初めは憤りを感じた。

サッカー 観客席からの声援と野次

 

ところが、しばらく観ているうちに、涙が止まらなくなった。

最初に感じたのは、選手だって何も望んでやってるわけではないということ。ブーイングの嵐を背に受け、彼らはいったいどんな思いでプレーをしているのだろう・・・と。

選手が不本意なプレーを強いられている?監督の采配に問題があった?

一瞬、監督を責めたくなる思いが頭をかすめるものの、すぐに「それは違う」ということが理解できた。

サッカーボール

 

試合のあと、海外メディアから日本代表チームに対する非難の声が続々と届いた。

競技を放棄した。

茶番試合。

滑稽だ。

・・・・・

もちろん監督だって、こんな非難がくることなど、初めから百も承知だ。

ましてやあの時点で、たとえボールをまわし続け、選手もファンも煮え切らない気持ちを抱えたまま試合を終了しても、決勝トーナメントへ進出できる保証など、どこにもなかった。

つまり、相当なギャンブルだったのだ。

そして捨て身の賭けに打って出た西野朗監督は、同時に、かなりのプレッシャーと責任を感じていたはずだ。

もし同時刻に行われていたセネガルとコロンビアの戦いが違う方向へ進んでいたら、”海外メディアの批判” なんてものの騒ぎじゃなかっただろう。

日本メディアからの批判、選手の悔しさ、ファンの悔しさ・・そんな非難やとてつもない虚しさの気持ちすべてが西野朗監督へと向かっていったに違いない。

彼は、それを分かっていた。すべての思いを受け止めた。その上で、あの緊迫した時間の中「不本意な選択」を選んだ。どんなに周りから非難の声を浴びようが、その決断を曲げることはなかった。

勝って決勝トーナメントに繫げる、という目的のためだけに賭けに出たのだ。そして、自分の全てをなげうってでも進めた。

選手もそんな監督の苦渋の思いと”覚悟”を受けとり、ブーイングの嵐のなか、ただただ球を蹴り続けた。

サッカー ただただボールを蹴る

 

こんな大仕事は誰にでも成し遂げられるものではない。たとえ、世界を相手に戦う強靱な精神力の訓練を受けた人間でも、非常に難しい選択だったのではないだろうか。

どんなに様々な角度から考えられた戦略であっても、あの大きなプレッシャーの中では、違う選択肢を選んでいたかもしれない。

 

もちろん今回のことは賛否両論あると思うし、あっていいと思う。

ただ私は、全身全霊をかけ「勝つこと」に向かっていった西野朗監督と日本代表チームに心から敬意を表したい。

がんばれ日本!

という応援とともに。

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